みちわたるしんたい[2通目]カツ丼が食べたかった | un / bared
2021.09.30 みちわたるしんたい

みちわたるしんたい[2通目]カツ丼が食べたかった

Photography & Text : Nozomi Nobody
Title Lettering : Sayoko Ozawa

 さよこさん、お手紙をありがとうございました。この夏は久しぶりに何人かの友人に手紙を書いて返事をもらったりしました。さよこさんからのポストカードは冷蔵庫に貼り付けてあります。この間たまたま立ち寄った素敵な本屋さんにかわいいマスキングテープのセットが売っていて、そのうちの一本がポストカードの色味とぴったりでした。その組み合わせがとても気に入っています。

 祖母にも久しぶりに葉書を出しました。いまとなってはわたしの唯一存命の祖父母である母方の祖母は、千葉の大きな団地にひとりで暮らしています。道が空いていれば車で小一時間で行ける距離なので割と頻繁に顔を合わせていたのですが、コロナ禍以降会いに行く機会も減っていたし、最近は彼女も少し入院したり病院に通ったりするようになって、気にはなっていたのですが、でもそう遠くないうちにまたすぐ会うだろうし、とかなんとか言い訳をしてなんとなく先延ばしにしていました。さよこさんがおばあさんからの手紙に返事を書かなかった気持ちときっと同じですね。どうしてなのだろうと思うけれどなんというか、なかなか、そういう風になってしまうものですね。

 一週間ほどして返ってきた祖母からの葉書には「病気も入院も経験して、老いるとは厳しいことだと、新しい時代についていけないと悲鳴を上げそうです」と書かれていました。それを見て切ない気持ちになり、これからは不精せずにもっとまめに手紙を書こうと思ったけれど、きっとまたしばらく時間が経ってしまうのかもしれません。いろんなこと、当たり前じゃないとわかっているつもりでもつい日々に流されて甘えてしまいます。

 さて。食べものの話でしたね。さよこさんのおばあちゃんのハヤシライス、おいしそう。とろとろの玉ねぎのおいしさに勝るものはそうそうないような気がする…。わたしもハヤシライス大好きだったなぁ。わたしの祖母もときどき作ってくれました。カレーもそうだけど、母が作ってくれるそれとは入っている具の種類や切り方が違ったりして、祖母の家で食べるごはんはいつもわたしにとって小さな驚きとともにありました。

 わたしが祖母の料理でぱっと思い出すのはカツ丼です。たしか小学校低学年の頃だったと思うのですが、わたしがひとりで祖母の家に泊まりに行ったことがありました。どうしてわたしひとりで泊まりに行くことになったのか、そのいきさつがちょっと思い出せないのですが、とにかくわたしは祖母とふたりきりでした。夜ごはんのころになって祖母が「のぞみちゃんが好きだって聞いたから」と言って、用意していてくれた豚カツを、たしか出来合いのものを買っておいてくれたのだったと思うのですが、出してきてくれて、だけどそれを見たわたしは間髪入れずに「カツ丼がいい!」と言ったのです。わたしが好きなのは豚カツではなくカツ丼だったのです。

 わたしは子供のころからなぜかずっとカツ丼がとても好きで、お蕎麦屋さんに行けばカツ丼を食べ、なにかのときに母が不在で「悪いけどお弁当買って食べてて」とお金を渡されたときにもお弁当屋さんでカツ丼を選ぶような子供でした。大人になってからキャベツと一緒に食べる豚カツのおいしさもわかるようになったけれど、それでも半熟の卵と柔らかい半透明の玉ねぎと、甘辛い出汁が染み込んだカツを真っ白い熱々のごはんと一緒に食べる、その食べものが好きでした。大人になったらお店で使っているような、ひとり分だけの卵とじを作れる大きなお玉のような鉄のお鍋を買おう!と心に決めていました(実行はされないままですが)。

 幸いあの日は冷蔵庫に卵も玉ねぎもあったのでしょう。「あら、そうなの」と祖母は少し驚き、だけどすぐにカツ丼を作ってくれて、ふたりで向かい合って食べました。そうして食べたカツ丼の味のことはまったく思い出せません。ただ、わたしがカツ丼にしてと言って、祖母がささっとそれを作ってくれて、一緒に食べた、というその記憶だけがなぜだかずっと残っています。

 わたしが肉を食べるのをやめてからもう少しで2年で、加えて最近はお米もほとんど食べないので、ハヤシライスもカツ丼もわたしにとってはすっかり遠い国の食べもののようですが、ちょうどこの間買ったヴィーガンのレシピ本にハッシュドビーフならぬハッシュドマッシュルームなるものの作り方が載っていて「お、」と思っていたところだったのでした(ところでハヤシライスとハッシュドビーフは基本的に同じ食べものだと思っているのですが実際はどうなのでしたっけ)。近々きのこをたくさん買ってきて試してみようと思います。カツ丼に変わるヴィーガンの丼はいまのところまだ出会っていませんが、エリンギにパン粉の衣をつけて揚げるカツというレシピがおいしそうだったな。

 カツ丼の思い出話、祖母も覚えているでしょうか。今度手紙に書いてみようと思います。

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