Vol.0 / 03 | un / bared
2019.08.06

Vol.0 / 03

Nozomi Nobody
Nozomi Nobody
Nozomi Nobody
Nozomi Nobody
Nozomi Nobody
Nozomi Nobody
Nozomi Nobody
Nozomi Nobody

Photo: Rika Tomomatsu
Model: Nozomi Nobody
Styling: Nozomi Nobody & Rika Tomomatsu
Text: Nozomi Nobody

 baredというのは何にも覆われていない、つまり裸であるという意味で、素肌のことをbare skinと言ったりする。unbaredというのはその逆を意味する言葉だ。この場所を“un/bared”としたのは、baredな自分もunbaredな自分も実際そこに明確な境目はなく、どちらもbaredでありunbaredであり得るのではないか、そのことを認めたい、認め合いたい、と思ったからだ。

 裸であるというのはだけど、どういうことなんだろう。

 裸でいられるということは健全で気持ちのいいことだし、賞賛され、尊重されるべきことだと思う。でも、いつでもどこでも裸でいる必要はもちろんないだろうし、着飾ることだって楽しいし、そうすることで自分を守る必要がある局面だってあるだろう。どちらが良いとか正しいとか、そういうことじゃない。こうして言葉にしてみるとひどく当たり前のようだけれど、でもじゃぁいつ、どこで、誰になら素っ裸の自分を「さぁどうぞ!」と差し出すことが出来るか。それは難しい問いのようにわたしには思える。

 わたしはいま、奄美大島の加計呂麻島というところにいる。本州鹿児島と沖縄のちょうど真ん中くらいにある小さな島だ。10日ほど前、長かった梅雨がようやく明けて夏がはじまった。もうすっかり見慣れた海辺の景色の中で、痛いくらいの日差しが海面に反射してきらきらと揺れている。この島の海の青には本当にさまざまな青があり、外から中から見るいくつもの青色のその深い美しさを、わたしは言葉にすることができない。夜には満天の星空に天の川がかかり、その下で静かに波打つ青黒い海に入れば無数の夜光虫が光る。手足の動きとともに瞬くその小さな光を眺めていると、空から落ちてきた星くずが浮かんでいるようで、心の一番奥のほうが静かに沸き立つのを感じる。

 島に来て一ヶ月と少しが経った。ここではゲストハウスで働きながら、音楽を作ったり文章を書いたりしている。唐突に島の景色をSNSにアップしたら「移住したのか」と何人かに聞かれたけれど、10月か11月には東京に戻る予定にしている。

 島に来たことに大きな理由はない。ただ、東京をしばらく離れるのもいいなということはずっと考えていたし、前回書いたように去年はいろいろなことに疲れていたから、ちょっと違う場所に身を置きたいという気持ちも強くなっていた。そんな折に知り合いの紹介があり、ほとんど何も知らないまま島に来ることを決めたのだった。

 こちらでの生活にはだいぶ慣れてきたように思う。朝は7時前に起きて7時半からお昼まで働き、夕方から夜までまた働く。日付が変わる頃には眠くなり、布団にもぐる。そういう生活の中でun/baredの原稿を書いたり、制作途中の音源のミックスをしたり、ギターを弾いたり本を読んだり、休みの日には取りたての免許で山道を運転し、少し離れた浜まで泳ぎに行くこともある。友達もできたので、この間は1日ぶらぶらと島のあちこちで遊んだ。お酒もときどき飲んでいるし、何度か人前で演奏したりもした。穏やかにだけどぐんぐんと、音を立てるように日々が過ぎている。



 特別な何か、例えば人生を変えるような出会いとか、ものすごい名曲が降りてくるとか、この先のビジョンが見えるとか。そういうことを期待してこの島に来たわけじゃない。むしろそういう類のことはなるべく考えないようにしている。ただ、自分が自分のまんまで生活し、暮らすこと。この場所で見て、聴いて、感じて、出会って、なにを想い、考えるのか。それらを静かにじっくりと観察すること、あるいは形に残すこと。変化があるかもしれないし、ないかもしれない。どちらでもいい。自分が自分に、ゼロに戻る時間になったらいい。そう思ってここに来た。

 それはつまり裸の自分になる、ということで、それはつまりun/bared、ということだよなぁ、ということに気が付く。なんか、そういうタイミングなのかもしれない。そういうことってある。

 裸といえば、この場所にきて生まれて初めて裸で海に入った。夜、誰もいない浜に出て、星を見ながら波の音を聴いていると、そのまま海に入りたい衝動がむくむくと湧いてくる。わざわざ着替えるのも面倒なので、服のままじゃぶじゃぶ入ることもあるけど、着ているものをぽいぽい脱ぎ捨てて泳ぐことも多い。はじめは少しどきどきしたけどすぐに慣れた。素っ裸で真っ黒い海にぷかぷかと浮いていると、細々した思考がどんどん遠ざかって散り散りになっていくのがわかる。そして最終的にぽっかりと、頭も体も空っぽになる。ただただそこに存在している自分の身体。何ものでもなく、だけどわたし自身でしかあり得ない、わたし。

 さまざまな角度から、裸であることを学び、裸である練習しているのかもしれない。そんなことを考える。この夏が過ぎて秋も終わろうかという頃、すっかり日焼けした素っ裸の身体で、東京に帰りたいと思う。

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